THE EASY-GOING LIFE★★

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気ままな穏やかな毎日を過ごしたいニャー子の日記

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『今を生きる』『今の幸せに気づく』という事の意味が、何となく分かった気がする。

こんにちは。

ニャー子です。

 

先日、Facebookのタイムラインで流れてきた、顔見知りの方の投稿がとても良かったので覚書に・・・。

 

 

私は、どうしようもない無気力期があって・・・

その無気力期にはいる少し前から、多分結構メンタルが限界で、心屋仁之助さん・さとうみつろうさん・ワタナベ薫さんなど、カウンセリング・コーチング・引き寄せ系のブログや書籍を読み漁っていました。

 

耳ざわりの良い、『好きなことだけして・・・』とか『人生がうまくいく法則』とかそういう部分だけを信じて、アファメーションしてみたり、ちょっとズレた努力をしてきたと思います。

 

ですが、何冊か本を読んだり、継続してブログを読んでいたりすると・・・

 

今の自分がもう嫌で、自信が持てなくて、理想の自分に変わりたいから読んでいるのに

 

『今の幸せに気づく』

『今の自分を受け入れる』

『時にはやりたくないこともやる』

じゃないと変わらない。・・・って書いてあったりすると・・・。

 

たとえば、日本に生まれて治安が良くて幸せ。とか、食べるものに困らなくて幸せ。とか、仕事があって幸せ。とか、住むところがあって幸せ。とか・・・

 

『誰かよりマシ』=『幸せ』なんて事で満足なんかできないし

 

時にはやりたくないこともやる・・・って、今までもそうしてきたんじゃなかった?

今までと結局なにが違うの?

 

・・・という感じで、読んでいて腑に落ちたり、また迷子になったりの繰り返しでした。

 

最近は、何となく『今の幸せに気づく』とか、『今の自分を受け入れる』ということの本当の意味がわかるようになってきたかなぁ~と思っていたのですが、

 

そんな時、タイムリーに流れてきた知人の投稿がすごくよかったんです。

 

 

その方は、何度か登ったことのある山道に、友人に誘われて久しぶりに登りにいったのだそうです。

かつては、年齢が若く体力もあったから、登頂を急いで、気合でどんどん登っていたとのこと。

 

でも、今回久しぶりに登ってみると、体力が落ちていて、休憩を挟みながら、少しずつしか進むことができなかった。

でも、休みながらゆっくり進むことで、途中途中のスポットや、山道の景色や空気感をたっぷりと楽しみ、味わうことができた。

以前は、いかに早く登頂するか?という感じで、山全体を味わうことができていなかったなぁ~・・・ということに気づいたのだそうです。

 

人生も同じで、目的地にいくことばかりが目的で、プロセスを楽しめず、焦ってしまうことが多かったな。。。

 

・・・という感じで書いてありました。

 

 

この方、たった1度同じ集客セミナーに参加したことがあるというだけで、本当に顔見知りなだけなんですが・・・

向こうはもう覚えてもいないと思うけど・・・。

 

なんか凄く共感して、良い記事だなぁ。良い経験してるなぁって感動しました。

 

 

私がまさにそうだなー、と。

ゴール(理想の自分)に、一分一秒でも早く辿りつきたくて、現在地(今の自分)が楽しいのかどうかもよくわかっていないというか・・・。

 

 

わたしも以前、筑波山や高尾山に登ったことがあります。

どちらも、約1時間~2時間で登頂し、往復しても3~4時間程度です。

 

私も、結構気合で休憩はあまり挟まないで登りました。

確かに、登頂すると達成感もあるし、山頂の雰囲気だけでも凄く良いし気持ちいいんだけど・・・。

 

私はそんなに山に登ったりはしないので、急いで登ったとはいえ、途中まだ溶けずに残っている雪や、湧き水があって、近くに柄杓があったからその湧き水を飲んだこととか・・・。

下山するときに夕日がすごくきれいだったこととか・・・。

ちょっとは味わえていたかなぁ。

 

でも、登頂したことよりも、その夕日や湧き水、登るときにきつかった急斜面や岩の道の方が、記憶に残っています。

 

 

そう考えてみると、人生も同じで、何かを達成したとしても、そのことよりも、それまでのプロセスで経験したことや感じたことの方が記憶に残るのかもしれません。

 

そして、山でいうその夕日や湧き水や途中の道をすっ飛ばして山頂についても、まぁそれはそれで嬉しいけど、夕日や湧き水を味わうことが出来ないのは、やっぱりもったいないかなぁ。。

 

 

たとえば、心屋仁之助さんのいう『大前提を変える』ということ。

『私は素晴らしい・・・という事にしてみる』

『何があっても最後は上手くいく・・・という事にしてみる』

というのも、日常でその大前提をすっかり書き換えるのはちょっと難しいんだけど、

 

 

山で例えてみると・・・

 

筑波山も高尾山も、登って降りてくるのに、どんなにゆっくり進んでも、日が落ちるまでには下山してこれる。・・・というのが大前提。

道にまよったりとか、よっぽどのアクシデントがなければ、誰もが1日で帰ってこれる山です。

 

ほぼ間違いなく、午前中から登って夕方までには下山できるって決まっているのだから、急いで登るのも、ゆっくり登るのも自由です。

 

・急いでドンドン登れば、登頂した達成感と、山頂の景色や空気感、そして登っている道や下山している道の景色などが少し味わえる。

 

・ゆっくり登れば、登頂した達成感を少しと、山頂の景色や空気感、そして登っている道や下山している道の途中に咲いている花がきれいだったとか、鳥がいたとか、湧き水があるとかがたっぷり味わえる。

 

どちらも、登って降りてくるのは一緒かもしれないけど、ゆっくり登ったほうが、登頂するまでに味わえるものがやっぱり全然違うと思う。

 

ゆっくり登ったほうが、そもそも途中の道での満足度が高いから、登頂の達成感というのは急いで登った時よりも少ないかもしれないけど、それでも幸せ度は断然ゆっくりの方が高いとおもう。

なんなら登頂しないで帰ってくるかもしれませんね。笑

 

 

山で例えたので、花とか鳥とかに興味のない人はピンと来ないかも知れないけど、これが人生だったら・・・

 

『ゆっくり進んでも急いで進んでも夕方までには下山できる、結局は登って下りてくる』というのが、『どうせ上手くいく』という大前提です。

 

『上手くいく』という目的に達するために、一刻も早く『上手くいく』ために急いで理想の自分になろうとしても、今の自分のままで毎日を楽しみながら『上手くいく』を目指したとしても、到達するスピードに違いはあっても、結果はだいたい同じ。

 

 

しかも、人生でいうと、ゆっくり派の方が到達するスピードが速い可能性が大いにあります。

 

なぜならば、

 

『上手くいく』ばっかりを見すぎて、そこに早く到達したい!!って焦っているよりも、

 

ゆっくりマイペースでいいかな、って、毎日をゆっくり味わいながら進んでいるほうが、断然回りを見られるからです。

 

 

山で言えば、急ぎすぎると、道案内の看板を見落として、道に迷う可能性だってあるし、無理して怪我する可能性もあります。

 

ゆっくり一つ一つを見ながら進めば、もっと早く到着するルートを発見する可能性もあるし、何ならもっと景色の素晴らしい隠れスポットに繋がっているルートを発見する可能性もある。

万が一道に迷っても、急いでないからそれすらも楽しめるんじゃないかな。

 

 

人生で言えば、毎日のを味わって、満足度や幸せ度が高ければ、達成することにこだわらなくなるから、例えば心変わりで目標が変わっても、シフトチェンジも楽だし、別ルートが現れても受け入れやすいですよね。

 

 

私、本当に何をこんなに焦ってるんだろう・・・という感じです。

しかも、急ぎすぎて道に迷ったり怪我したりしている典型です。笑

 

急がば回れ。昔の人は、なんでもお見通しだなぁ。。。

 

 

まぁ、こんな感じで、山に例えてみたら割りと府に落ちたんですが、コレを日常に落とし込んでいくのが難しいよね。

 

わたしもゆっくり山にでも行ってこようかな。

個人的には、高尾山よりも筑波山のほうが好きです。

湧き水も、夕日がきれいだったのも筑波山。

 

高尾山では急ぎすぎて本当に迷子になって泣きそうになりました。

ソロ登山だったので・・・。笑

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